Okeno Catanikus +T

非電源卓上遊戯の話題をつらつら綴ったり綴らなかったり。

『あ』と『A』のボーダーライン ~海外ボードゲーム和訳公開是非~

 

『マイスアンドミスティクス』のシールを公開したい!

ゲームマーケットで『マイスアンドミスティクス(以下M&M)』を購入してから、付属していた日本語化シールを貼っていったのですが、作業が終わる頃に『シールを自分で作ってみたい』という気持ちが沸き上がってきました。あの素敵なデザインのカードやボードに、真っ白なシールはちょっと雰囲気をぶち壊すなぁ、と思ったのです。そして更には、『そのシールを他の人にも使ってもらえれば、M&Mをプレイする敷居が下がるから、もっと沢山の人にプレイしてもらうきっかけになるのでは!』という考えに至り、最終的にシールの公開をしてみたいという気持ちにまで昇華しました。

しかし2週間程前に、主に法的な観点から公開をしていいのか?という疑問をブログの記事として書いたところ、『著作権、及び翻訳権の侵害になるのでダメです』というコメントを頂きました。自分で作って自分で使う分には問題はない、のであればそうしましょう……と、ここで引き下がれば良かったのですが、それにしては少々引っかかる事があって、色々と調べて調べてみたのでした。そしてこの記事を書き上げるに至ったわけです。

ルールもコンポーネントも公開されてるよ?

例えば、ワーカープレイスメント(か否か一部で議論されているらしい)の雄『プエルトリコ』で検索をかけると、ボードやコンポーネントを日本語化するためのシール用データが複数ヒットします。他のゲームでも、有名ドコロから、探せばマイナーなゲームまで、個人サイトで公開、配布しているものは数多く見られます。先に言及しておきたいのですが、ここで『プエルトリコ』あるいは他のゲームの日本語化各種データを配布している方々を、批難糾弾するつもりは全くありません。何故ならば、自分もその恩恵にあずかっているのと、その方々が商用利用による利益の獲得を目的にしていたり、販売元に不利益をもたらすためにそれを行っているからではないと分かっているからです。

過去(2011年~2012年)の有識者間議論

海外からの輸入ボードゲームにおける、ルールやコンポーネントの和訳とその公開に関しては、以前にも有識者の間で何度か議論されていた模様で、その様子がTogetterにまとめられていたり、TGiWで取り上げられたりしています。

海外ボードゲーム:公開日本語ルールの商用利用 - Togetterまとめ

海外ボードゲーム:公開日本語ルールの商用利用(2) - Togetterまとめ

ルール和訳公開の是非(1)国内ショップへの影響 - Table Games in the World - 世界のボードゲーム情報サイト

ルール和訳公開の是非(4)ゼロサム - Table Games in the World - 世界のボードゲーム情報サイト

ここで議論の主眼となっているのは『輸入ボードゲームにおいて、有志によって提供されている和訳を商用利用する販売業者が居る』『その結果、今後既存の国内ボードゲームショップが不利益を被る可能性がある』という点です。『安く販売しますが、和訳はネットで公開されているものを使って下さい』という販売スタイルに対しての議論になっています。

商用利用の議論は置いといて、和訳の公開そのものはどうなの?

しかし、その根本原因となっている『和訳ルール、コンポーネントの公開』そのものに関しては、あまり深く語られていません。上記のリンクや検索から、更に色々な方の意見に目を通しました。『絶版あるいはサポートが終了した作品のみ公開すれば良い』、『そもそも利権が販売元にあるのだから権利侵害になる』、『ルールが分からなければそもそも遊ぶ気にならない。和訳の公開が購買意欲に繋がる』、『大勢の人に楽しんでもらいたいから和訳を公開している』等。他にも様々な意見があり、正に十人十色といった具合でした。

問題の根底として挙げられるのはやはり利権、著作権がからむ部分です。ルールそのものは『アイデア』であるため著作権法には抵触しないものの、ルールブックは『アイデアを元にした著作物』となるので抵触、コンポーネント類も同様に抵触となるそうです。

ゲームと法律 - はてな匿名ダイアリー

恐らく海外の著作権に関する法律も大同小異似たようなものなのではと思っています。むしろ著作権に関して言うなれば海外の方が厳格なのではないかと思っております(調査結果に基づいていない個人的な憶測のため確証はありません)。ですが、そこに一つ疑問点として挙げたい事があるのです。

全てのボドゲはBGGに通ず

BGG。正式名称『BoardGameGeek』。ボードゲームをプレイしている人なら恐らく必ず辿り着くであろう、世界最大のボードゲーム専門コミュニティサイトです。世界中のボードゲームがデータベース化され、情報の共有が成されています(余談ですがうちのサークルのゲームも情報が載っています)。ここではゲームに関する情報は勿論、ランキング、レビュー、各国の販売状況といった情報から、自作コンポーネントやプレイ時の写真の公開や、ゲームに関する議論が繰り広げられていたりします(ゲームデザイナー本人が議論に参加する事もあります)(でもなんでたまに猫の写真があるんでしょうね。可愛いから良いんですけど)。

さて、BGGでは様々な言語の翻訳ルールやコンポーネントが公開されています。これはオフィシャルなものではなく、有志が翻訳して公開しているものです。著作権法等諸々を照らし合わせれば、これらは明らかに法に抵触していると分かります。ですが、BGGが何らかの法的措置あるいは介入により、翻訳ルールやコンポーネントの公開を大きな規模で禁止した、という話はこの記事を書いているたった今まで耳に入ってきていません(ゲーム単体ではあるのかも知れませんが、そこまでは追えませんでした)。

非営利のファン活動

ここで重要になってくるのが、上記引用中で少しだけ話題に挙がっている『非営利のファン活動』という考え方です。BGGで挙がっている日本語訳の中には『削除依頼があった場合は即刻削除する』という一文を掲載している方も少なくありません。そういった一文が掲載されていなかったとしても、BGGで翻訳を公開している方々は、自身の活動を暗黙的に『非営利のファン活動』として捉えているのではないでしょうか。勿論、個々に確認した訳ではないので確証は持てません。

ですが、恐らくは(というかこれは確証に近いと思っているのですが)翻訳を公開されている方々は、そのゲーム好きだからこそ、それを遍く広めるべく翻訳や公開といった活動を行っているのです。これが例えば販売元へ不利益を与えるためにやっているとしましょう。不利益を与えようとして翻訳を公開しているのに、言語の壁によりプレイできなかったユーザーからは喜ばれ、ゲームがより一層広い地域で評価されるという具合になるはずです。これでは動機と結果に、あまりにも食い違いがあるように思えるのです。となると、少なくとも翻訳を作成、公開している側は、悪意を持っている訳ではないと考える方が自然です。

更に言うなれば、(BGGというコミュニティ限定の考え方ではありますが)前述の通りゲームデザイナー本人が議論や質疑応答に現れるような場所ですから、それだけ製作者、販売元が状況を確認、あるいは要請をし易い環境だとも言える訳です。要するに、不利益を被る可能性がある、あるいは被ったならば、すぐに翻訳公開者に対して公開停止を求めることができる訳です。しかも、大型のコミュニティサイトである以上サイトの管理者が存在するはずで、例え翻訳公開者と連絡が取れなかったとしても、管理者に要請すれば難なく公開停止させることができるはずなのです。

BGGでは、日本語だけでも800以上のゲームに対して翻訳が公開されています。単純に自分の目についていないだけで、ひっそりと削除要請が行われている、ということは十分考えられます。先にも書いた通り、著作権に関して言うなれば、海外の方が圧倒的に適用力や強制力は高いはずです。そのような環境においてこの現状をどう捉えるべきでしょうか。自分はこれを『翻訳の公開が暗黙に容認されているからこそ、結果として800という数字に現れ、今に至っているのだ』と捉えました。そして製作者や販売元も、不利益にならない範囲でなら翻訳の公開という活動を許容しているのではないか、という考えに至りました。

翻訳の公開は許容されている?

非営利であるという条件が暗黙的に存在する環境での翻訳の公開は、そのゲームの認知という点において、権利者と消費者でWin-Winの関係にあるはずです。翻訳ルールやコンポーネントが無いと我々はプレイできない、プレイできないゲームにどうやって興味を抱くのか、システムの理解もままならずどうやって購買意欲を得るのか、ということです。勿論、自力で翻訳するにはその限りではありませんが、そのゲームの魅力もよく知らないまま海外から輸入して翻訳からやっていこうという人は稀有でしょう。

つまり、許容されているという結果がBGGの800という数字なのだと思います。これが例えば厳密に著作権云々言っているのであれば、800なんて数字は出てこないでしょうし、そもそも多国言語の翻訳含め、BGGはそういった類のファイルをアップロードできないように構造を作り替えざるを得ないはずです。800という数字は少ないように思われるかもしれませんが、1つのゲームを他国言語から翻訳するのにかかる時間を考慮すれば、この数字がここまで育つのにどれだけ時間がかかっているか、容易に想像がつくかと思われます。

BGGを中心に話を展開しましたが、国内の個人サイトでも同じことが言えます。最初に書いた通り、公開している方々はあくまでそのゲームが好きで、少しでも多くのプレイヤーに遊んでもらうべく、自らの時間を削って翻訳作業を行いそれを公開していると思うのです。そこにあるのは利益不利益といった経済的、あるいは著作権翻訳権といった法的観念を超越し、『一緒にボードゲームがしたい』という単なるプレイヤーとしての想いがあるのみなのです(断言はできませんが、そうであると願うばかりです)。

公開和訳の商用利用流用について

ではそういった、いわゆる『ボードゲームに対する熱い想い』があればこの行為は罷り通るのかというと、決してそうではありません。あくまでも『知っているけど不利益にならないから意図的に見逃している』だけであって、裏を返せば翻訳を公開している人間は、権利者に何らかの不利益が生じた際に、責任を問われてもおかしくない立場にいるのだという認識を持つべきなのです。この認識こそがこの話題における問題の本質であり、この界隈が暗黙的かつ不明瞭な線引でもって抱えている、言わば『整合性のない共通意識』なのだと、自分は考えています。

この曖昧な共通意識を、無償公開された和訳を商用利用するような業者が持っているとは到底思えません。そういった業者が存在するという事実はどうしようもありませんし、そこで公開された和訳を非公開にしたところでイタチごっこになるでしょう。ただ、1つの情報がWeb上で何万人もの人間に即時伝播されるこの時代において、同じ界隈の動向は差異あれど、ある程度リアルタイムで掴めてしまうものです。その販売スタイルが良いものなのか、はたまた悪いことなのか、我々は判断、判別することができます。こういった事実を知り、意見を持った上で行動することにより、排斥あるいは逆に許容といった界隈全体の姿勢が現れてくるのではないかと思います。それには勿論、その情報を取り扱い裁量する、我々自身のモラルも重要になってくるわけですが。

これって、他の人も同じ意見なのかな?

さて、先程『界隈全体の姿勢』と書きました。それでは2015年もそろそろ半ばとなる現在、和訳の公開について、ボードゲーム界隈でどういった姿勢が見て取れるのか。自分はこの記事を書いていて、現在のこの界隈のある種の総意というような、明確な『姿勢』を見て取ることができませんでした。先にあれだけ引用をしておいて何を言うのか、と思われるかもしれません。ですが、上記の引用、そしてそれに連なる各人の意見は2011年〜2012年にかけてのものであり、しかも界隈の第一線で動いているような方々が名を連ねても、なお局所的と言わざるを得ない議論であったと思います。

『暗黙的』という言葉には、『知っていて当然』というような『情報の非共有』を促す側面があります。そして『暗黙』という前提を持って何かを話す際には、相手がその事実を知らないまま話題が収束してしまうという可能性が常に存在します。ここ数年で急激に人口が増大し始めたと言われるボードゲーム界隈において、こういった『和訳の公開』に関する話題はどの位されてきたのでしょうか。Googleで検索をしても、2012年以降こういった話題が持ち上がった形跡を見ることができませんでした(情報の探し方が下手なのかもしれませんが、それは言い換えれば『余程上手い探し方でないと探し当てられない』のだとも言えると思うのです)。この事から、現在のこの界隈における『姿勢』の不在は、暗黙的了解における情報の非共有により、この手の話題が共有、議論されていないからではないか、という結論に至りました。

ただ、暗黙の了解、というより暗黙ですらなく、至極当然として取り扱われているであろう事実があります。それは、『公開された和訳ルールでゲームを楽しんでいる我々が居る』という事実です。何を言っているんだと思われるかもしれませんが……さて、この記事をここまで読んで頂いたあなたは、以前にこの記事で書かれた事を考えたことがありますか? 常に、とまで言わなくとも、公開和訳で海外のゲームをプレイする際に、頭の片隅でこんなことを考えた覚えはありますか?

自分もこの事を考え始めるまで、有志によって和訳されたルールやコンポーネントをダウンロード、印刷し、海外のボードゲームをプレイするという行為に、特に何も感じていませんでした。考えるまでもなく、それが当然であるように捉えていたのです。情けない話ではありますが、ボードゲーム歴三年の自分ですらこの体たらく。暗黙の共有と相まって、この事を認識した上で公開和訳を利用しているボードゲーマーが、現在の界隈にどれだけ居るのでしょうか。

ちょっと話し合ってみよう

一方でこの状況が実際にどうであれ、見えてくるものがあります。少なくとも現在、ボードゲーム界隈において、『著作権や利権からして和訳ルール公開はやめるべきである』と声高に唱えている人を自分は知りません。そして、我々は何も疑問も抱かずに和訳ルールを享受し、海外ゲームを楽しんでいます。こういった現状は、この界隈が無意識の総意による承認をしているからこそ成り立っているのだと、自分は考えています。少なくとも日本のボードゲーム界隈では、和訳の公開、及び利用が無意識のうちに『是』とされているのです。これがもし明らかな『非』であるなら、この状況に対して何かを訴える人間が既に出ているはずです。あるいは、訴える人間が居なかったとしても、個々人が持つ考えが多少なりとも『非』の方向に傾いているなら、和訳の公開は徐々に廃れていったと思うのです。これもまたこの界隈が持つ『整合性の無い共通意識』なのだと思うのです。

の『整合性の無い共通意識』を、どこまで共有し、どこまで整合性を取る事ができるのか。我々が暗黙的、無意識的ではなく、本当の意味での共通意識を持つことができるようになるかが、この話の重要な鍵になるのではないでしょうか。

それにはやはり、この件を口に出して話してみることが一番なのではないかと思います。今まで考えたことが無かった人、あるいは自分の考えや意見を持っている人、各々が入り交じって話し合ってみて、改めてこの件について考えてみようじゃありませんか。このままこの話を有耶無耶にすると、いつか何か起きた時に、我々は成すすべもなくその問題が引き起こす事件を、ただ見守ることしかできなくなってしまいます(いつ何かが起きてどうなるのかは、ご想像にお任せします)。

で、結局M&Mはどうするの?

最後に、冒頭で言っていた『マイスアンドミスティクス』の和訳シール公開についてですが、こういった考えに基づいて、改めて作成及び公開をしてみようかなと思っています。まだ明確にどうと決めた訳ではないですが、BGGに公開するだとか、然るべき場所に相談してみるだとか、そういう事を薄らぼんやり考えています。時間がかかりそうで、しかも頓挫する可能性が高そうですが、やれるところまでやってみたいと思います。それに何より、自分が作った和訳シールで自分がプレイしたいですし(実はこの期に及んで未プレイ)。

終わりに……

非常に長くなってしまいましたが、この記事が誰かの何かを引き出す要因になってくれればと思います。

また、この記事を書くにあたって、日本において(プロ・アマ問わず)翻訳者の数が少ないという問題も目の当たりにしました。誰かが翻訳しなければ、自分達は海外のゲームをプレイできないのです。翻訳とその公開は、販売元からエンドユーザーまで、数多くの善意によって支えられていると言っていいでしょう。プレイする前に、その方々にほんのちょっぴりの感謝を。あと、できるのであれば作業支援とか、翻訳に名乗りを挙げたりなんかもできたらいいな、とか思っています。販売元とエンドユーザーの間に立つ翻訳者を、我々の手で支えていきましょう。また翻訳をしてみたいと思う人が居るなら、手を差し伸べたり、一緒にやろうと言ったりするのも、いいのかもしれません。

願わくば、和訳ルールの発展に幸多からんことを。

 

 

この狭くて広い世界には、まだまだ自分たちが知らなくて面白いゲームが、きっとわんさとあるはずなんだ。

 

追記(5月27日12:47):あらぬ誤解を受けていそうなので、この記事の立ち位置を改めて明確にしておきます。この記事はあくまで『和訳公開についてのあれこれを再認識して、話し合ってみてはどうでしょうか』という呼びかけに過ぎません。和訳の公開に対して『是』の姿勢を取っていますが、「法も権利もあって無いようなもんだから、ガンガン和訳公開しようぜヒャハァ!!」とは言っていません。また、和訳の公開には相応の責任があるのではと言っていますが、「過去の和訳公開者は無自覚無責任のまま和訳を公開していたに違いない」とも言っていません。そのあたりを曲解されぬようお願いいたします。

追記2(5月27日22:50):記事中でも言及していますが、この記事に対する何かを考える際、一つだけ念頭において欲しい事があります。それは、『あなたが当たり前だと思っていることは、他の人にとっても当たり前なのか。あなたが持っている知識は、他の人も持ち得ているものなのか』ということです。