Okeno Catanikus +T

非電源卓上遊戯の話題をつらつら綴ったり綴らなかったり。

それは決して、

 

クソゲーじゃないんだ。

分かってる。分かってるんだ。発せられたその言葉が、俺の認識と相違してる事は。ゲームのシステムやバックグラウンドが『クソ』なんじゃなくて、プレイしている今の状況が『クソ』だっていうのは。手番でミスしたのか、他のプレイヤーが盤上でちょっかい出してきたのか、そこまでは分からないけれども。

クソゲー』という言葉は、『システムやバランス、あるいは他の要素によって、ゲームとして遊ぶにはあまりにも不出来なもの』を指すのだと思う。少なくとも俺は今までそう思って生きてきた。けれど、先日のゲーム会では、『クソゲー』という言葉は『何らかの要因で、盤上で窮地に立たされている状態』を指す言葉として扱われていた。みんな笑って、頭を抱えて、身を捩らせながら、「これはクソゲーですわー!」と叫ぶんだ。

俺は俺で目の前のボードに集中していて、他の卓を気にする余地なんて殆ど無い。それでも、突如として他の卓から飛んでくる『クソゲー』という単語に、俺は何か硬いもので殴られたかのような衝撃を覚えてしまう。『システムやバランス』の方の『クソゲー』しか知らなかった俺は、文脈における意味を理解してもなお、反射的にその単語に不安感や嫌悪感を覚えるんだ。

分かってる。俺がとても細かいことに対して勝手に一人で憤ってるだけなのは、百も承知だ。俺が単純に我慢して聞き流せばいいだけなんだ。ゲームに負けそうで悔しいのも分かるし、その感情を押し留めろなんて言いやしない。むしろ騒げる場なら、ぎゃーすか騒いで大いに盛り上がってくれればいい。だけど、それでも、その言葉だけは使わないで欲しい。

自分がゲームを作り始めて、やっと気付かされた。緻密な計画によるものなのか、それとも弛まぬ努力によるものなのか、あるいは天賦の才か、本当に奇跡が起きたのか。何があったかは知らないけれど、何はともあれ今眼の前にあるそのゲームは、存在しているのが奇跡のようなものなんだ。俺達がそのゲームを楽しめているのは、奇跡に触れ合っているのと同義なんだ。

だから、お願いだ。ゲームを目の前にして、そんな言葉を使わないで欲しい。

そのゲームは決して、『クソゲー』なんかじゃないんだ。

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